意外な話 大宰府へ左遷された2年後の903年、道真公は失意の中、病のため死去します。
門弟の味酒安行(うまさけのやすゆき)が遺骸を牛車に乗せて運んでいると、車を曳く牛が急に座り込んで動かなくなりました。
これは道真公の意思であるということで、遺骸はこの地に埋葬されました。
太宰府天満宮の境内にある牛の像が座像であるのはこの逸話が元になっています。
そして2年後の905年味酒安行はそこに祠廟を創建します。
その後、京都では天変地異が起こり、政敵やその血縁者が病死したり、雷に打たれて死亡する事故が起こりました。朝廷では道真公の祟りではとおののき、919年その地に社殿を建立しました。これが現在の太宰府天満宮の起源となっています。 関連記事:太宰府,天満宮
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