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福岡人物伝
 【一色範氏(いっしきのりうじ)

「多々良浜の戦」に勝利した尊氏に九州探題を命じられた一色範氏はそのまま筑前に残りますが、 これに「筑前に二人の主は要らず」と反発したのが少弐頼尚で両者は争うことになります。 この武家派同士の戦いに乗じ、南朝方の菊池氏も再び肥後から筑後筑前へ進出してきます。 範氏はまず菊池氏と手を結び1351年「月隈・金隈の戦い」で少弐氏と、1353年「針摺原の戦い」で菊池・少弐氏の連合軍と争います。 しかし「針摺原の戦い」で大敗した2年後に範氏は九州を追われることになるのです。




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スポットライト人物伝


【大友宗麟(おおともそうりん)】
(1530年~1587年)


豊後の守護大名で、最盛期には豊前、筑前、筑後から肥後の北部までを手中に収めます。 政治的な駆引きや武将としての能力は高かったようですが、 性格的に強引な面があったのか、配下の武将が各地で反乱を起しています。 そして1578年の「耳川の戦い」で北上してきた島津軍に大敗し多くの有力武将を失い防戦一方となります。 その後、豊臣秀吉の援軍を得たため島津軍は撤退したものその翌年には病没しています。



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