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名所旧跡・大野城・宇美
 【小水城跡-大野城市旭ケ丘-



小水城跡

上大利小水城跡その風景
水城跡は、鎌倉時代には防衛施設としての機能を失いますが、天智朝に造られたことが地元に伝わっておリ、重要な遺跡として人々に知られていました。 一方、上大利小水城跡は、昭和の初めに竹内榮喜氏によって「稲田中に水城跡と概ね同型の土塁を確認した」と発表されたことにより知られるようになります。 また、この場所の小字名は横堤(よこつつみ)と呼ばれており、田園の中に横たわる土塁は、耕作の合間に馬を休ませたり、生えている草を食べさせたりするなど、人々の生活の中に溶け込み親しまれてきました。 住宅街の中に残るこの小さな土塁は、長い間人々に親しまれてきた記憶を残す、地域の宝として重要なものです。

平成30年3月 大野城市教育委員会



小水城跡にある大野城市教育委員会の案内板より































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スポットライト人物伝


【按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)】
(?~?)


「壇ノ浦の戦い」で平家が敗れると安徳天皇を抱いて入水したといわれる女性で、鎌倉軍の兵士に引き上げられます。 時期は不明ですが伊勢はその後、九州筑後へ移り、筑後川の辺(ほとり)に社を建て安徳天皇、高倉平中宮(平徳子、清盛の娘)、二位の尼(時子、清盛の妻)を祀ります。 そしてこの社で加持祈祷を行い村人より敬われたといわれます。この社が久留米水天宮の起源になり、 現在、境内にある「千代松神社」はこの按察.....[全文を表示]



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